手差し印刷機は現在のオフセット印刷機が普及する以前の活版印刷機です。当社は時代と共に衰退する活版印刷を、稀少な印刷方法として捉え、マチ付き保存袋・ハトメ付き封筒・厚紙・薄紙・その他自動機では困難な印刷物の印刷機として現在でも大活躍。これからも活字文化や活版印刷の技術を伝承してまいります。
活版印刷の特徴
活版印刷は活字や役物、罫などの他、基本活字母型に無い特殊文字やロゴやイラスト等は凸版(亜鉛版)を作成し、活字や凸版にインキローラーで直接インキを付着させて活字と印刷胴による印圧によって謄写されます。活字・凸版共に明朝体等の先端部はエッジ状に尖っておりますが、ゴシック体の先端部は平面状になっています。
特に表組みに使用する罫類は鋭く尖った形状になっており印圧の強さが特に強調され、表の段数が多く印圧が強すぎると圧によって用紙そのものが伸びてしまう事もあります。
活版印刷は活字や凸版にインキを乗せて印圧を掛けるだけの単純な印刷方法ゆえに、印刷ムラ取り、印圧、インキローラー圧(高さ調整)インキ濃度、用紙の扱い方等々、正に印刷職人個々の技術や感性によって印刷上がりや印象・見栄えもそれぞれ違います。
したがって個々の技術や感性、気質や気性までが用紙上に表現され、正に人の気配が伝わるのが活版印刷であり、一枚一枚への力加減の中に職人の思いを感じていただくことが出来る「古きよき時代のものづくり」手作り感あふれる印刷方法といえます。
活版印刷の流れ
- 1.入稿
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先ずは文字数や仕上げサイズ等により、活字書体や大きさを決めたり割り付けを指定することが最初の作業になります。
活字書体には楷書・明朝・ゴシック等があり、活字サイズはルビ・6P・8P・9P・5号・18P・4号・3号・2号・1号・初号、その他二分や四分数字や役物もある。 - 2.文選
- 文選(ぶんせん)とは、割り付け指示に従って活字ケース(馬と言われるスライド式の棚)から活字を文選箱に拾い納めたり、印刷後に解版された活字を馬のケースに戻す作業で、職人を文選工と呼びます。各活字が活字棚のどこにあるかを身体で覚えている必要があり、植字工の半分のスピードが求められる作業です。このため、植字工1名と文選工2名の組み合わせが必要とされ、文選工は活字を拾う作業と解版して返す作業に専念します。
- 3.植字
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植字とは、利き手の反対手にステッキを持ち、文選工が拾った活字を原稿に従って文字を逆さまに組んでいく作業です。活字の他には点や丸、?や〒、☎・( )「」*・¥ー等々のマークや記号、裏罫(太罫)表罫(細罫)飾り罫などと呼ばれる役物があります。
どのサイズの活字も全角を基本として、その半分厚を2分(にぶん)、4分の一厚を4分(しぶん)といいます。活字の間隔調整には活字より一段低く全角の倍が2倍、3倍、4倍までのクワタという込め物を使って文字間の調整をします。その他クワタで調整出来ない微妙な隙間を埋める場合にはインテル、レッチ、トタン、や紙類などの詰め物で間隔や厚みを調整します。
名刺の版組は24倍の全角木インテルを、ハガキの版組は36倍の全角木インテルを基本に使用し、行間は2分や4分の木インテルなどで調整しながら、文字を逆さまにして原稿頭から組んでいき、最初と最後に全角木インテルを使用して輪ゴムで縛ります。
伝票類や表物等は罫を大量に使用するので表枠の長さや種類、本数を計算して切りそろえておき、活字等と組み合わせながらステッキで持てる分ずつ植字台に組み上げていきます。
組上がったら解版糸(たこ糸)で2~3重に縛りゲラと呼ばれる木枠付きのケースに移します。 - 4.校正
- 校正をお客さんに提出する場合は、ゲラから組版を機械に乗せ、版を固定したり組み付けないままでインキを付けてから組版に用紙を乗せ、静かに機械を一回転させて転写する方法と、正式に印刷可能状態に版を組み付けて本機校正で作成する場合があります。 校正専用機もあります。
- 5.印刷
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版を印刷機に掛ける時は用紙サイズや印刷内容等にもよりますが、通常は印刷機の中央にセットするのが一般的です。印刷機が爪で用紙を持って行く側をクワエと呼び、用紙が常に同位置で機械に給紙されるよう固定する側を針(ハリ)と呼びこの2方向を針先(ハリサキ)と呼びます。
実際、名刺印刷機のてきんと呼ばれる手動機は、家庭用の縫い針を圧胴の下側に2本と紙止め用に1本を刺して印刷位置を一定にしていたため、針先と呼ばれるようになったのではないかと考えております。針先は印刷物全般とその仕上げや製本過程に於いて最も重要であり、クワエと針位置を決めたら印刷中に針先を変えることはありません。
活版、オフセットに拘わらず針先を固定する事により印刷される版の位置は針先から常に一定である条件を利用して複写伝票や重ね刷りカラー印刷までも可能にしているのです。
針は通常押しバリ設定が主ですが両面見当合わせが必要な場合等には引きバリにします。版上に高低差凹凸が生じないよう版全体を木ハンマーで叩いて平らにならしてから、ジャッキで針先に向かって2方向から締めて固定します。
次に印圧の調整とインキの量を調整します。印圧は活字や罫類の高さと印刷胴の凹凸等による微少な高低差によって印圧に強弱が生じ、印刷物の不鮮明や濃淡等が発生します。
その場合は、ムラトリと言って低い活字の底を少し叩いてつぶすようにして高くします。
又は印刷胴に空写しをして低い活字や罫部に対し、高低程度に応じた用紙をのりで貼り付けて印圧を一定に調整する方法等もあり職人の腕の見せ所でもあります。
印刷のムラトリが終わればインキの呼び出し量を調整して印刷を開始しますが、インキ濃度や版の状態が落ち着くまでの開始直後は最も注意をしなければなりません。
特に版が大きい場合や伝票などの表物が入った版などは、ジャッキで締めた時に罫類の張り(抵抗)等が生じてその他の部分に緩みが発生し、印刷機の遠心力や振動によってクワタや詰め物が活字の高さまで浮いてきてクワタにインキが付着して印刷されてしまうことが多く発生します。知らずに見過ごすと何百枚何千枚と印刷されてしまいます。
また、紙質によっては活版インキは乾きにくいので印刷済み用紙を重ね過ぎると用紙の重みや静電気等によって用紙裏に転写されてしまう(裏付き)ことがあります。
そのような印刷不備によって発生した印刷ミス用紙を総称してヤレと呼びます。出来るだけヤレを出さない職人さんは同業他社に求められ職場移動が多々ありました。 - 6.解版
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印刷が終了すれば印刷機から版を下ろし、活字、罫、クワタ等々を選別しながら分解することを解版と呼び、活字や罫類クワタをそれぞれ全てを元の場所に戻していきます。
名刺や封筒、伝票等の中には再注文が見込まれるような版は取り置き版としてゲラに入れてゲラケースに収納しておきます。 - 7.断裁・製本
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印刷された用紙はクワエ側と針先の2方向が揃うように堅く平らな盤上で付き揃えます。厚紙は比較的だれにでも揃えることができますが薄い用紙は技術が必要です。
特に薄くて大きなサイズの用紙は、付き揃えるときに用紙の針先側が折り曲がってしまうと複写伝票は合わなくなり、また印刷物も狂ってしまい一定に仕上げる事が出来なくなりズレが生じたり曲がったりする仕上がりになってしまいます。
針先は印刷用紙に大小のバラツキがあっても印刷位置が常に一定であるために設定します。ゆえに印刷職人はもとより、断裁・製本職人は針先の意図をしっかり理解しなければならないのです。針先の理解と必要性は現代のオンデマンド印刷に於いても変わりません。